今、なぜ産後セルフケアインストラクターの志すのか
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こんにちは。
産後セルフケアインストラクター養成コース10期生の貫名 友理です!
私が「産後セルフケアインストラクター」を志したキッカケはこれ。
2015年、産後6ヶ月の時に通い始めた「産後のボディケア&フィットネス教室@吉祥寺」。これはそのときの自分の思いの記録、全4回分全てです。私が話した言葉をペアになった方が書いてくれます。
1週間ずつ思いを言葉に紡ぎ、帰ったら夫に話してまた深めて1週間考えて、また教室で深めて言葉を残していく…というのを繰り返した1ヶ月でした。本当に割と真剣だった。(夫が帰ってきてからの話す時間が待ち遠しかった)
このころはまだ育休中。
なぜ育休中だった私が、仕事を辞める選択までして、この道を志したのか、整理してみました。
まずは思いが溢れるままに書き出してみた。
今週月曜から毎日少しづつ。
完成版がこちら。
せっかくなので、大きいスケッチブックに描いてみました!
何度か考えて書いて考えて書き直して繰り返し絞った、私の軸は以下の5つ。
「マドレボニータ」「産後ケア」「家族」「私の産前産後」「私の働く」
「マドレボニータ」変革者の集まり。世の中に「産後ケア」を当たり前にするため、自分たちの提供する場、持つスキルを高めることに妥協しない。その姿勢、活動内容が可能性に満ちていると感じる。理念に共感する。この魅力的な活動に参画したい。
「産後ケア」マドレボニータの産後ケアは産後を起点とする社会問題の解決に繋がる。単なる母のリフレッシュの場ではない。その問題の具体例を知ると本当に深刻さがわかる。産後当初自分には「産後ケア」は必要ないと思っていた。でも子供の可愛さに身を委ね、自分の現実を見ようとしなかっただけ。放っておかないこと、無関心にしないこと。今は全ての母に必要だと心から思う、母が自分に目を向ける時間をつくる、産後ケア。
「家族」4回コースの教室で書いたマインドマップ全てが家族の絵だった。それくらい私の中では大切な存在。支え合うけど依存はしない。1人の人間として、それぞれのコミュニティで活躍する場所をつくり、アイデンティティを持ち、帰ってきて一緒になった時は安らげるようなそんな場所でありたい。家族の笑顔が私が頑張れる原動力。
「私の産前産後」産前は産後の働き方が変わることを見越して感心の強かったキャリアカウンセラーの勉強をした。しかし産後の蓋を開けてみると「母はこうあるべき」という自分のイメージでつくられた母親像を全うしようと、自分への愛情も全て我が子につぎ込む。産前に考えていた「自分の生き方(キャリア)に向かい合う」ことに気づくのは産後6ヶ月の産後クラス。ここが転機となる。
「私の働く」母となっても1人の女性として、人に出会いたいし話したい、働きたい。真面目なこともアホなことも一生懸命できる人でありたい!「働く」を通して社会にある滞りを良くしたい。
助産師である夫のお母さんが、私がこの道に進むと決めたときに言ってくれた言葉。
「もしかしたら最初は一人も来ないかもしれない、
でもそれが普通と思っていた方がいいわ、気楽にね。
これから需要は高まると思うから、きっとわかってもらえる時が来ると思う」
じゃあおやすみと、席を立たれてから、涙が止まらなかったのはここだけの話。
私がこの「産後ケア」を知ったのもまだ7ヶ月前。
まだまだ知らない世界がいっぱいです。
自分の生活や価値観を標準と思ってしまいがちだけど、
自分の周りには割と似たような考えの人が集まっていることも多い。
だからこれからは、「母」というひとくくりにせずに色々な母に会い、考えや価値観に出会いたいと思う。
動き続けて、本当に必要としている人のところに届くように。
産前、産後の自分の経験と、今ままで考えてきたキャリアのこと、ばらばらに思えていた点と点が繋がり、産後セルフケアインストラクターという職業に巡り会えたのだと思う。
母となった女性が健やかに生きるための取り組みの中で、見落とされがちな「産後」。その「産後」から社会を良くしていくための、渦の中心で仕事がしたい。
これが、マドレボニータの産後セルフケアインストラクターを志す思いです。